社労士小垂のコラム (No.30)

No.30 2017年7月24日

定額残業制はすべての残業をカバーできるのか?

政府が声高に唱えております「働き方改革」の具体的内容が少しずつ議論されており、残業上限規制や勤務間インターバル制度、さらには残業代0法案とも揶揄される高度プロフェッショナル制度など、何でもありで本筋が全く見えないものになりつつあります。

中小企業の多くは人手不足で、残業に頼らざるを得ない現状があり、また社員にしても残業代込みの生活となっているもの事実で、残業時間の把握と管理は直面する喫緊の課題となります。

ある会社で労働基準監督署の調査があり是正勧告を受けましたが、その内の1件が「労働時間の管理が出来ておらず、タイムカードから労働時間を算定すると渡し切り残業代が不足している。」との是正指導がありました。

その会社では今後は「残業申告制」にして、実労働時間をきちんと把握するよう、適切な制度を導入することで「是正報告書」をまとめ、了承を得ました。

多くの会社で誤解しておられることに、「定額残業制」を導入しておれば余分な残業代が発生しないと思われていることがあります。

そこで今回は「定額残業制」をご一緒に考えたいと思います。

未払い残業の請求に関するトラブルは後を絶ちませんし、残業代対策として「定額残業制度」の導入を考えている会社も多数ありますが、この制度はきちんと要件を満たさないと、残業代として認められない場合もありますので注意が必要です。

この制度の要件は、
  • 基本給に残業代を含んでいる場合・・・残業代がいくらかを明記し、これに対応する残業時間も記載する
  • 手当を残業代とする場合・・・基本給と明確に区別する
ことであり、そして
  • 定めた残業時間を超えて残業したら、残業代として精算する
  • 雇用契約等に制度の内容が記載されており、これが社員に理解されている
ことが必要です。

もし、社員とのトラブルが発生した場合、これらの項目が不完全だと裁判等で「みなし残業制度における残業代」とは認められず、その労働対価は基本給や手当とみなされてしまい、会社が「残業代」として払っていた「つもり」のお金は、法的には「基本給や手当」として扱われてしまいます。

そうなってしまうと、基本給や手当は残業代の計算根拠となる金額ですので、会社が残業代と考えて支払っていた金額も含めて基本給、手当を計算し直し、この金額をベースに「再度」残業代を支払うことになるのです。

会社の思惑とはかけ離れ、結果としては残業代の「二重払い」となってしまうのです。

そうならないためにも、前述した4つの要件を雇用契約書や就業規則に明示し、確実に運用していかないと、「みなし残業制度」は認められないのです。

そうした要件をすべて満たしたとしてもと、みなし残業制度については「いくらでも設定できる」というわけではありませんし、特に合理性を欠くような制度であれば、認められない場合も多々あるのです。

こうした「みなし残業制」に関する裁判例が多くありますが、その一つに
  • 基本給と成果給(残業代)とのバランスが悪い
  • 成果給は前年度の人事考課によって決められるので、残業代としての性質ではない
  • 基本給が最低賃金に合わせて設定されており、それ以外を残業代とし、単に割り振っただけである
  • 成果給(残業代)の中に、基本給に相当する部分が含まれていると考えるのが相当
  • 賃金体系は合理性を欠くものである
として、1から残業代を計算し直して、約280万円の残業代と遅延損害金の支払いを命じたものがあります。
この判例で注目すべき点は、
  • 実際の労働時間をベースに時間内労働と時間外労働の賃金単価を比較した
  • 時給換算した結果と最低賃金の比較などにより、賃金体系の矛盾をあぶり出した
というところで、会社が多額のみなし残業代を設定することで社員の残業代請求を無効にしようとする就業規則を批判しており、これに基づくみなし残業代を否定したものとなっております。

その他にも類似の裁判例があり、最近の裁判では理論上だけの整合性だけにとどまらず、実質に踏み込んだ判断がなされる傾向にあるようです。

これらのことを踏まえて、残業代を固定的に支給する場合は、
  • 社員個人ごとの残業代や残業時間を設定すると「恣意的」とされますので、同じ業種、役職に対しては一律の金額又は残業予定時間を設定する
  • 手当の性質も最近の裁判例では検証されますので、評価により増減する手当はみなし残業代としない
  • 極めて長時間の残業時間をカバーするみなし残業代の設定は避け、36協定(残業、休日出勤に関する労使協定)の範囲内で設定する
などの点に注意、考慮して制度を作らないと無効となる可能性が高くなってきたのが最近の傾向なのです。

ですから、社員の実際の残業に見合う対応でなければ、就業規則や給与規定で、いくら「○○時間分を含む」「○○手当は残業見合い分」としても、それは形式だけで、実際には認められない傾向にありますから、みなし残業代を支給する場合、実質的な残業時間の把握と設定する時間が「現実的なもの」となっているのかを検討する必要があるのです。

「みなし残業制度」を適切に設計し、残業時間を管理し、効率よく業務遂行することが、社員自身の健康面でも、経済的にも有利になるようにしたいものです。

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